大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 昭和51年(ワ)547号 判決 1978年7月19日

主文

被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金二三三万八七二〇円と内金二〇三万八七二〇円に対する昭和四九年一〇月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。

被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

この判決の第一項はかりに執行することができる。

事実

一  当時者の求めた裁判。

(一)  原告(反訴被告)(以下単に原告と表示する)は、本訴につき

「被告(反訴原告)(以下単に被告と表示する)は原告に対し、金二八四万四六一〇円および内金二五四万四六一〇円に対する昭和四九年一〇月一一日より支払ずみに至るまで年五分の割合の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、反訴につき

「反訴請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。

(二)  被告は本訴につき

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、反訴につき

「原告は被告に対し、金三一九万九三一〇円および内金二八九万九三一〇円については昭和四九年一〇月一一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求めた。

二  当時者の主張。

(一)  原告は、本訴請求原因および反訴請求原因に対する答弁として次のように述べた。

1  本訴請求原因

(イ) 事故の発生

左記の事故(本件事故という)によつて、原告は受傷し、後記習志野ま三〇〇五号自動二輪車(以下原告車という)は破損した。

(1) 日時 昭和四五年一〇月一〇日午前七時三五分ごろ

(2) 場所 千葉県船橋市二和町二四〇番地先路上

(3) 加害車 車両番号船橋市五四〇の耕運機(以下被告車という)

(4) 被害車 前記原告車

(5) 運転者 被告車は被告、原告車は原告

(6) 態様 右の日時場所で幅員約八メートルの路上を(以下本件道路という)原告車が直進中、同車の直前で被告車が道路外より本件道路内に進入し、両車両が衝突したもの

(ロ) 責任の根拠

(1) 被告は被告車を運転していた者であるが、本件道路に面する被告の自宅より本件道路へ被告車を進入させるにあたつては左右を注視して本件道路上を走行する車両の有無を確かめてのち進入すべき注意義務があるところ、同人はこれを怠り、本件道路上を被告車にとつて右から左へ走行する原告車が直近にまで迫つているのに被告車を本件道路上に進入させ、よつて被告車を原告車に衝突させたものであるから、同人には過失がある。

(2) よつて、被告は後記損害に対して民法七〇九条の責任を負う。

(ハ) 損害

原告は本件事故により次の損害を蒙つた。

(1) 治療費 金五八万一一二〇円

(2) 入院中の雑費 金一万二〇〇〇円

但し、一日あたりを金五〇〇円として、これに入院期間二四日を乗じた定型的算出方法による。

(3) 付添看護費用 金三万八〇〇〇円

但し、原告は後記傷害のために昭和四九年一〇月一〇日より同月二八日までの一九日間体動、体位につき、これを変動することができず、第三者の付添を要し、右の期間原告の近親者が付添看護をした。

よつて、一日あたりを金二〇〇〇円として、これに期間一九日を乗じた定型的算出方法による。

(4) 慰藉料 金一七八万円

A 原告は本件事故により頭部外傷・顔面多発挫傷・橈骨・左第二・三中手骨々折、および腰部挫傷の傷害を受け、昭和四九年一〇月二五日中手骨(第二)の観血的整復術の手術を受けて、昭和四九年一〇月一〇日より同年一一月二日までの二四日間の入院および同年同月三日より昭和五〇年二月二〇日までの約二・六月(但し実通院は四八日)の通院各治療を要したほか、次の後遺症を残した。

B 左第二中手骨(薬指)および同第三中手骨(中指)の各骨折のために、同部が拘縮し、その拘縮の程度は伸展一八〇度、屈曲一三二度である。

次に額面が多発性挫傷を受けたために、右頬部に四センチメートルの弁状痕(いわゆる醜状痕)を残した。

C 右の傷害の部位、程度および後遺症を金銭に評価するにあたり、いわゆる定型方式を参考にすると次のとおりとなる。

(a) 入院二四日につき金一五万円

(b) 通院二・六月につき金一四万円

(c) 後遺症につき自賠法施行令二条所定別表の後遺障害等級(以下障害等級という)を参考にする。これによると、薬指の拘縮は障害等級一四級九号、中指の拘縮は同等級一二級九号、顔面の弁状痕は同等級一四級一〇号にそれぞれあたる。

よつて、これらに対する慰謝料としては障害等級一一級所定(但し、本件事故当時施行のもの)の金一〇四万円と評価する。

以上を合計すると金一七八万円となる。

(5) 物損 金一三万三四九〇円

本件事故により原告車は破損し、修理費金一三万三四九〇円相当の損害を蒙つた。

(6) 弁護士費用 金三〇万円

(ニ) まとめ

右の(1)ないし(6)を合計した金二八四万四六一〇円の支払と、(6)を除いたその余の金員二五四万四六一〇円に対する事故の日の翌日である昭和四九年一〇月一一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払とを求める。

2  反訴請求原因に対する認否

(1) 第一項につき、被告がその主張の日時場所でその主張の耕運機を運転したこと、原告が原告車を運転して被告の主張の方向へ運転していたことは認める。被告が耕運機を一たん停車させたこと、左右の安全を確認したこと、原告車の速度が時速約八〇キロメートルであり、かつ、減速しなかつたこと、原告に過失があるとの点はいずれも否認する。その余の事実は不知。

(2) 第二項につき、逸失利益を否認し、その余はすべて不知。

(3) かりに原告に過失があつたとしても、本件事故は道路外より同内へ進入した(いわゆる路外車)耕運機と同道路を直進した原告車とが衝突したものであり、しかも、被告は無免許で、かつ、本件道路の(同人にとつて)右方に対する注視を著しく怠つていたから、その過失割合は被告が九割である。

(二)  被告は本訴請求原因に対する認否および反訴請求原因として次のとおり述べた。

1  本訴請求原因に対する認否と主張

(1) 請求原因(イ)項中(6)の事実を否認し、その余を認める。

(2) 同(ロ)項の事実は否認する。

(3) 同(ハ)項の事実中慰藉料の部分を否認し、その余は不知。

(4) 本件事故の原因は、原告が被告車の本件道路への進入を遠方より認識しながら自車が先に通過できるものと軽信して猛スピードで運転を継続したことにある。

被告は事故当時、農事に赴くべく自宅から耕運機を運転して自宅横の通路より本件道路に進入するに際し、一たん停止し、左右の安全を十分に確認したうえ時速四ないし五キロの速度で発進し右折を開始した。一方、原告は約八〇メートル以上の前方から被告の耕運機の進入開始を認めたにもかかわらず、被告車が低速度であつたため、自車の方が先に通過できるものと軽信して、時速七〇キロ以上の速度を減速することなく運転を継続した結果、機動性のない耕運機を運転していた被告が避ける間もなく本件事故となつたものである。事故後、原・被告とも直ちに入院し、警察の取調べはずつと後になつてなされた。ところが、入院中(いずれも倉本病院)原告の母親から原告が関東第一高校の学生であり、遊びで単車に乗り事故を起こせば退学させられる旨の校則を聞かされたうえ、穏便にはからつてほしいと頼まれ、被告としては自分も怪我を負いその点では双方同じ立場にあることでもあり、まさか、後になつて原告が損害賠償の請求をしようとは夢にも思わず、原告の将来をおもんぱかつて快くこれを承諾し、警察に対しても、被告が責任を負う形をとつて原告をかばつたという事実がある。

原告は国民健康保険による診療を受けられたにも拘らず、敢て自由診療を受けているのであつて、これを前提とする請求は不当である。

2  反訴請求原因

(1) 被告は昭和四九年一〇月一〇日午前七時三五分ころ、農事に赴くべく耕運機を運転して船橋市二和町二四〇番地の自宅脇路地から表通りを右折しようとして一たん停車し、左右の安全を確認したうえ、約四ないし五キロのスピードで運転を開始した。

ところが、原告は表通りを金杉方面から三咲方面に向つて時速約八〇キロ以上の速度で自動二輪を運転していたが、約八〇メートル以上の前方に被告が停車し、かつ、運転を開始したのに気づきながら、自車のスピードを過信して被告車の前方を通過できるものと考えて、そのまま接近した過失により約一五メートル位に至つて急拠ブレーキをかけたものの、高速度であつたために車両が滑走して本件事故を惹起した。

このように原告には過失があり、被告が右事故によつて受けた後記損害を賠償すべき責任がある。

(2) 損害

被告が本件事故によつて蒙つた損害は次のとおりである。

1 治療費 金六万九三一〇円

2 逸失利益 金九〇万円

被告は事故当時農業に従事し、月額約一五万円の収入を得ていたが、本件事故により約半年間以上に亘つて農作業をすることができなかつた。この間事故に遭わなければ被告は半年間右割合による金員を得ることができた筈であるから、被告は本件事故により九〇万円の得べかりし利益を失つたことになる。

3  慰藉料 金一五〇万円

被告は本件事故により胸部打撲、頸部打撲、右第八肋骨骨折の傷害を負い、このため約半年間仕事に就くことができず、しかも妻子とも六人家族を支える大黒柱であり、肉体的苦痛はもとより、本件事故によつて蒙つた精神的損害は測り知れないものがある。これを金銭に換算するといかに低く見積つても金一五〇万円を下廻るものではない。よつて、金一五〇万円の慰藉料を請求する。

4  被告は本件事故によりその所有する耕運機を破損した。その損害は金四三万円である。

5  弁護士費用 金三〇万円

(3) まとめ

右の1ないし5を合計した金三一九万九三一〇円の支払と、5を除いた金二八九万九三一〇円に対する事故の日の翌日である昭和四九年一〇月一一日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払とを求める。

三  証拠関係〔略〕

理由

一  昭和四九年一〇月一〇日午前七時三五分ころ、船橋市二和町二四〇番地先の路上で右道路を金杉方面から三咲方面に向つて走行中の原告が運転していた自動二輪車(車両番号習志野ま三〇〇五号)と道路の横から出てきた被告の運転にかかる耕運機(車両番号船橋市五四〇)とが衝突したことは、当事者間に争いがない。

二  右の事故につき、原告、被告は互に相手方に過失の責任があると主張するので、この点について判断する。

成立に争いのない甲第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、原告、被告各本人尋問の結果(但し被告本人尋問の結果中後記措信しない部分を除く)を総合すれば次のように認められる。

本件事故のあつた道路は車道が幅員九メートルあり、更に、その両側に一メートル四〇の歩道がある平担なアスファルト舗装がしてあり、直線で見通しは良く、制限速度は毎時六〇キロと定められていた。原告は船橋駅へ友人を送つた帰りの途中、毎時約六〇キロのスピードで本件地点に差しかかつたものである。原告は、被告が耕運機を運転して道路の向つて左側から出てくるのを約四一・七メートル手前で発見したが、被告が原告のことを見ていたので、自分に気がついているものと信じ、かつ、被告が一時停車していたので、原告の車が通過するのを待つているものと信じて、時速を五〇キロ位にしたまま被告の前を通過しようとしたところ、耕運機との距離が三〇メートル位に近づいたところで、耕運機が進行していることに気がつき、あわてて急ブレーキをかけたが間にあわず、左にハンドルを切つて耕運機の背後を抜けようとしたが、耕運機が道路一杯になつて行く手をさえぎつていたため、衝突するに至つたものである。一方、被告も、原告が被告を発見したのとほぼ同じ頃に、原告が自動二輪車を運転して直進してくるのを発見し、一時停車をしたが、右二輪車よりも自分の方が先に道路を横切つて右折できるものと誤信し、時速五ないし一〇キロで発進したが、原告車の前を横断し切れずに衝突するに至つたものである。なお、原告は右事故の前年、一六歳で自動二輪車の運転免許をとつているが、被告は耕運機の運転免許を得ていない。以上の事実を認めることができ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は当裁判所の措信しないところであり、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。なお、被告は、事故後、入院中に、原告の母親から、原告が関東第一高校の学生であり、単車に乗つて事故を起こすと退学させられるから、穏便にはからつてほしい旨頼まれたので、原告の将来をおもんぱかつて、警察に対し、事実と異なる供述をしたかの如く述べているが、被告本人尋問の結果によれば、被告は警察でも検察庁でも強制的に供述を要求されたわけでもなく、また、事実と異なる供述をしたものでもないことが明らかであつて、右のような主張は前記認定を左右するものではない。

以上の認定の状況から判断すると、被告が原告の自動二輪車の接近に気がつきながら、その通過を待つことなく漫然と自分が先に道路を横断できるものと考えたことは、彼我の距離についての目測を誤まつたか或いは自車の速度を過信したものであつて過失の責任を免れない。これに対し、原告は、被告が原告の方を見ながら耕運機を一時停車させたのを確認しているのであるから(そして、被告本人尋問の結果によれば、被告自身も一時停車したことを認めている)原告としては、被告が原告車の通過を待つてくれるものと信じて、そのまま進行しようと判断するのは当然のことであつて(なお、道路交通法第二五条の二第一項参照)、この点に過失を問うことはできないし、その後の原告の行為についても、過失の責任を問題にするような行動はない。

してみれば、本件事故につき、被告は原告に対して不法行為上の責任を負担すべきであるが、原告は被告に対して不法行為上の責任を負担しないから、被告の原告に対する反訴請求は、その余の判断を待つまでもなく失当として棄却を免れない。

三  そこで次に原告の蒙つた損害について判断する。

(一)  傷害の程度

原告本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したと認められる甲第二号証の一、二、第四号証ならびに弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故によつて頭部外傷、顔面多発挫傷、橈骨左第二、三中手骨骨折および腰部挫傷の傷害を受け、鎌ケ谷市の倉本病院に昭和四九年一〇月一〇日から同年一一月二日に至るまでの二四日間入院し、また、同月三日より同年一二月二〇日に至るまでの間(実通院四八日)の通院治療をうけ、さらに、船橋市の整骨院に昭和四九年一二月一四日から昭和五〇年二月二〇日までの間(実通院四三日)の通院治療を受けたが、後遺症として、左第二中手骨および同第三中手骨の各骨折のために、同部が拘縮し、その拘縮の程度は、伸展一八〇度、屈曲一三二度であり、また、顔面が多発性挫傷のため右頬部に四センチメートルの弁状痕を残した。以上の事実が認められる。

(二)  治療費(金五八万一一二〇円)

原告本人尋問の結果およびこれによつて真正に成立したと認められる甲第三号証の一、二によれば、原告は鎌ケ谷市の倉本病院および船橋市の二和整骨院で本件傷害の治療を受け、治療費として合計金五八万一一二〇円以上の支出をしたことが明らかである。

(三)  入院中の雑費(金九六〇〇円)

入院中の雑費につき、原告は定型算出額として一日金五〇〇円を主張するが、右の支払基準額は一般に昭和五二年四月一日以降に発生した事故につき適用されるものであつて、昭和四九年に発生した本件事故については、当時の基準額である一日金四〇〇円を適用するのが相当である。これによつて算出すると、前記のとおり入院期間は二四日であるから合計金九六〇〇円となる。

(四)  村添看護費(金三万八〇〇〇円)

前掲甲第二号証の一および原告本人尋問の結果によれば、原告は前記傷害のため、入院期間中のうちとくに昭和四九年一〇月一〇日から同月二八日に至る一九日間は、体動、体位につきこれを変動することができず、付添看護を必要とし、母親である松江がこの間中付添看護したことが認められるが、原告はこの期間の看護費として一日金二〇〇〇円の割合による定型額で算定することを主張し、右主張は相当と思料されるから、看護費は合計金三万八〇〇〇円と認める。

(五)  慰藉料(金一二八万円)

前記認定の諸般の事情にてらし、当裁判所は慰藉料として次のように判断する。

(イ)  入院二四日につき金一〇万円

(ロ)  通院につき金一四万円

(ハ)  後遺症につき金一〇四万円

がいずれも相当である。

(六)  自動二輪車の損害(金一三万円)

原告本人尋問の結果によれば、本件事故により原告所有の自動二輪車は破損し、その修理のために、少なくとも金一三万円を要したことを窺うことができる。

(七)  弁護士費用(金三〇万円)

原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨よりすれば、原告は法定代理人を通じて、原告訴訟代理人弁護士との間で金三〇万円の成功報酬を支払う契約を結んだことが窺われ、右金額は不当に高額であるとはいえない。

四  以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は、このうち金二三三万八七二〇円と内金二〇三万八七二〇円に対する事故の翌日である昭和四九年一〇月一一日から完済に至るまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し、これをこえる部分は棄却することとし、一方、被告の原告に対する反訴請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用のうえ主文のとおり判決する。

(裁判官 小木曽競)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例